

これまでマニフェスト・選挙公約の意義が語られる時、「この政策を行います。この政策をこのような過程で行います」というような府民の方々との契約という意義でした。しかし、私はもっと大きな意義があるのではないかと考えます。
それは大きな理念に沿った政策を行えるという点です。
例えば、経済学で消費と貯蓄という選択肢があった場合、実際は様々な要素が絡んでくるので単純化はできないが、個人の視点では、消費よりも貯蓄を選択した方が個人の効用は高くなるとする。しかし、マクロな視点で見た場合、貯蓄よりも消費を選択した方が景気が良くなり結果的に個人の効用も高くなるということがあります。
医学の世界でも、咳が出るから咳を止める薬を飲んだ。熱があるから熱を下げる薬を飲んだ等、その部分、その部分の治療はできた。対処法的な治療には成功したが、免疫系が崩れ、結果的に機能不全に陥るということがあります。

私は京都府の政策も同様であると考えます。
「道路の問題はこのような問題があるからこの政策、経済問題はこのような問題があるからこの政策、教育問題はこのような問題があるからこの政策」というのではなく、大きな理念に沿った政策を実行していかなければならない。
その意味でマニフェストというものは議員、一人一人の方向性を統一し、改革を行うことができるという大きな意義があります。


